護国寺

徳川将軍の祈願寺として建立された護国寺

江戸時代、徳川将軍の祈願時という事で建立された護国寺は、荘厳なる表門と仁王門が印象的なお寺です。
この護国寺の境内には非常に魅力ある建造物があり、多くの参拝客が訪れるお寺となっています。
護国寺は、五代将軍徳川綱吉の母君である桂昌院様の発案によって天和元年に創建されたお寺で、江戸幕府より寺領として、1200石の御朱印状をうけました。
真言宗豊山派の大本山です。

生母桂昌院の願いを受けて高田薬田の地に建立されたのが始まりで、本堂は桂昌院念持仏の天然琥珀意輪観音菩薩像があります。
天保2年お堂が完成し、翌年、桂昌院が初めてこの寺を参詣されたと伝わっています。

現在の本堂、観音堂は元禄10年、正月に新営の幕命があったことで、半年という当時にしては非常に早い建築日程で完成しました。
この年、落慶供養の式典が非常に盛大に執り行われたと伝えられています。
荘厳さ華麗さにおいて東京都下、随一とされる本堂です。
明治16年、大正15年度火災によっていくつかを失いますが、本堂である観音堂は元禄時代に建立されたもので、そのほか薬師堂や大師堂、仁王門などについても、創建当初の物と考えられています。

仁王門をくぐって境内に入ると富士山がある?

仁王門をくぐり境内に入っていくと富士山があります。
というのももちろん本物の富士山ではなく、作られた富士山のミニチュアです。
なぜこのようなものが作られたのかというと、江戸時代、浅間神社に参詣することはなかなか難しく、歩いていくしかないという事で、なんとか浅間神社にお参りするのと同じようなことができないのか?と考えられたのです。

そこで江戸庶民は、近い場所で浅間神社に参詣できるような場所を作ってしまえばいいと考えて、作られたのがミニチュアの富士山だったのです。
きちんと1合目の石票などもあり、ここに上るとしっかり御利益があるといわれます。
またこの近くには、樹木がそのまま化石になった珪化木という珍しい木の化石をみる事ができます。

表門の仁王門にある金剛力士像と二天像

仁王門は八脚門と呼ばれるもので、切妻造、瓦ぶきの屋根と圧倒的な存在感があります。
仁王門の正面左右には、金剛力士像がり、右が「あ・ぎょう」像、左が「うん・ぎょう」像です。
表情が豊かで、現在残っている色をみると、創建当時、美しい色彩を持った近藤力士像だったのではと想像させます。

仁王門の背面には、二天像、右が増長天、左が広目天、この二対の仏像は、仏法を護るといわれる仏像です。
このあたりにはくつろげる場所があり、近隣住民の方々はこのありがたい仁王門の前でくつろぐことができるわけです。
近隣の方々は、ここからいつもパワーをもらっているのではないでしょうか。