川崎大師平間寺

平間寺の始まりは弘法大師像を拾い上げたことから

川崎大師平間寺は、川崎大師、厄除け弘法大師と呼ばれる真言宗智山派の大本山です。
平間兼乗という付近に暮らしていたものが、川崎市夜光沖合で弘法大師像を拾いあげました。
この弘法大師像をもととして、尊賢上人が大冶3年に開いたのが、この川崎大師平間寺です。

平間兼乗が拾った弘法大師像は、もともとは下平間村にある稱名寺が宗旨を空海が開いた真言宗から親鸞の浄土真宗へと改めたときに、多摩川に流されてたどり着いたものではないかとされています。
江戸時代になると徳川家から寺領6石という朱印状を拝領した由緒あるお寺です。
縁日では多くの人々が集い、現在でも地元の方々から信仰されています。

大山門と大本堂

大山門は昭和52年、川崎大師平間寺が開創し850年という記念の年に建立されたものです。
堂塔と伽藍を浄域結界の総門がかこっており、この四方には仏法を守る四天王が配置されています。
これは東寺の国宝である四天王像を模刻したもので、東宝を守る持国天、南方の増長天、西方の広目天、そして北方の多聞天があります。

大本堂はご本尊厄除け弘法大師像があり、そのほかにも不動明王と愛染明王に稚児大師、さらには救世観音や金剛界曼荼羅、胎蔵界曼荼羅などが納められています。
ここは関東八十八か所の霊場ともなっている所です。

不動堂と八角五重塔

不動堂は成田山新勝寺の不動明王の御分からだをご本尊にお祀りしています。
明治23年に建立された不動堂は非常に美しく荘厳たるものだったのですが、昭和20年、戦災により焼失、現在の不動堂は昭和39年に再建されたものです。
八角五重塔は弘法大師1550年御遠忌、また川崎大師平間寺の吉山例10年目となる大開帳奉修を記念して発願されたもので、昭和59年、信徒の厚い信助により造られたものです。

慰霊堂は釈迦如来をご本尊として祀り、一層には金剛界と五智如来、真言八相がお祀りされている所です。
二層には胎蔵界の石彫梵字曼陀羅、恵果阿闍梨、弘法大師、真言宗中興の祖と呼ばれる興祖大師の御尊像が祀られています。

厄除けのご利益で有名

川崎大師平間寺は「厄除け大師」の名でも親しまれており、毎年大勢の参拝客でにぎわっている事でも有名です。
信仰、行楽を兼ねて古くから川崎大師平間寺に参拝に来ることが盛んとなり、江戸からの参拝者のために、本道しるべが建てられたほどです。
寛文3年に建てられた道しるべは、高さ171㎝と非常に大きく、従是弘法大師江之道と書かれています。
現在は境内に設置されていますが、当初は川崎宿下手の土居付近に建っていたそうです。

江戸からの参拝者などはこの道しるべを見て川崎大師平間寺に向かって迷うことなく川崎大師平間寺にたどり着けたのです。
古くから参詣者でにぎわいを見せていた川崎大師平間寺は、今も厄除けの神様、霊験あらたかとして多くの方々が厚く信仰されています。