目黒不動瀧泉寺

日本三大不動にかぞえられる目黒不動瀧泉寺

大同3年、慈覚大師が開創したとされる目黒不動瀧泉寺は、関東最古の霊場、さらに日本三大不動尊の一つとして知られています。
日本三大不動尊は、熊本にある木原不動尊と、成田山新勝寺にある成田不動尊、そしてここ、目黒不動瀧泉寺です。
江戸時代には時の3代将軍徳川家光公が帰依され、堂塔伽藍の造営が行われたとしても知られています。

不動明王が御本尊となっている目黒不動瀧泉寺は、近隣の方々また信仰される方々から、目黒不動尊として呼ばれ親しまれています。
徳川家より厚い保護を受け、江戸近郊の信仰を一手に受け、当時、目黒不動瀧泉寺を参詣することはこのあたりでの行楽に当たり、近隣に暮らす人たちはこの目黒不動瀧泉寺に行くことを非常に楽しみにしていたといいます。

門前町があったこともあり、目黒不動瀧泉寺は非常ににぎわいを見せていたのです。
江戸時代になるとこの目黒不動瀧泉寺では、富くじが行われるようになります。
富くじというのは、現代でいう宝くじのようなもので、あらかじめ番号札を発売し、その番号札を購入した購買者より金銭を受けて、その後、抽選を行うというものです。

当選者は益を得る事ができるという事もあり、富くじはこの当時非常に流行したようです。
当時富くじで人気があったのは、湯島天神と谷中感応寺、現在の天王寺です。
この三つのお寺さんは江戸の三富と呼ばれ、非常に人気があったのです。

戦争によって焼失その後再建された

古いお寺さんなどはどの寺さんも戦争の被害や大火によってお堂を失っています。
目黒不動瀧泉寺は、境内にある古い建物を戦争によって焼失します。
大半が焼失したといいますので、その中には歴史的価値のあるものもあり、残念なことです。

しかしこの時、戦争の被害を免れた建物もあったのです。
それが現存し、都指定文化財となっている前不動堂と、目黒区の指定文化財となっている勢至堂です。
この二つのお堂は戦争の火を逃れ、焼失せず、現在に江戸時代当時の貴重な仏道建築を残してくれたのです。
境内には銅造役の行者倚像や、銅造大日如来坐像という区の指定文化財もあり、存在感たっぷりの仁王門の左手の池の近くには山手七福神の恵比寿神が祀られている事でも知られています。

山手七福神

七ヶ寺から構成されるという七福神めぐりで、江戸時代に開かれたといわれ、首都圏ではもっとも古い七福神めぐりのひとつといわれています。
目黒不動瀧泉寺の恵飛須さんをはじめ蟠龍寺の弁財天、大圓寺の大黒天、妙圓寺の福禄寿、妙圓寺の寿老人、瑞聖寺の布袋さん、覚林寺の毘沙門天があります。

江戸時代からこの七福神めぐりが行われています。
目黒不動瀧泉寺に来たらここを皮切りに、七福神めぐりを行ってみてはいかがでしょうか。