築地本願寺

美しくユニークな築地本願寺

築地本願寺をみたことがある、参拝したことがあるという方は、きっと変わったお寺さんだなと感じたことでしょう。
築地本願寺は数あるお寺の中でも非常にユニークだといわれる、浄土真宗本願寺派のお寺です。

本山は京都の西本願寺です。
創建の際には、浄土真宗本学時派の全国各地に存在する別院ということで建立されたものです。
門主と呼ばれる築地本願寺の住職、この門主というんは浄土真宗本願寺派の代表で、本山本願寺の住職という意味を持ちます。

現代の門主は第25代です。
非常に長い歴史を持っている築地本願寺は、お寺さんに集まる方々を門徒、信徒を合わせて門信徒と呼びます。
毎日の修行、さらには年間を通じ、多くの方に親しまれ参拝客の絶えない築地本願寺は、建物の外観にも大きな魅力をもち、勿論本堂内部も荘厳なる造りとなっています。

築地本願寺の由来

築地本願寺は1617年、創建されました。
当初、浅草の近く、横山町に浄土真宗本願寺派別院として建てられたのち、江戸浅草御堂という名で呼ばれていたこともありました。
1657年、明暦の大火に会い、歴史的な大火事によって本堂を焼失し、幕府の区画整理によって元の場所に創建する事が出来ず、その代替地として用意された場所が八丁堀の会場だったのです。

佃島の門徒が主軸となり、本堂再建のために必死に海を埋め立て土地を築きました。
それが現代の築地という地名の由来です。
再建は1679年、築地御坊と呼ばれていました。
この当時の本堂は正面が西南を向いて建立され、大きな屋根部分は江戸湊に入るための目印とされていたのです。

しかし再度厄災にあいます。
1923年、関東大震災によって火災が起き本堂が焼失、その後、東京大学工学部の教授、伊東忠太博士が設計士、1934年、現在のユニークといわれる本堂となったのです。

ユニークな本堂

焼失、震災によっても信徒の力強い信仰によって再建された現在のお堂は、非常にユニークなお堂とされ、この建物を見物に来る方もいるくらいです。
本堂はインド様式と呼ばれる石造りとなっていて、海外の様式を利用した造りとなっているのですが、本堂内部は荘厳で伝統的な真宗寺院の造りをしています。

2011年、平成23年には本堂や大谷石を積み上げた石堀が、日本の登録有形文化財に指定されています。
2012年、平成24年には浄土真宗本願寺派の別院から直轄寺院となり、正式名称が築地別院から築地本願寺となったのです。

さらに2014年には本堂、石堀、山門門柱である正門、北門、南門が国の重要文化財となりました。
築地本願寺は、国の大切な宝となり、全国各地から信徒の方々、また観光客の方々がおとずれる場所となっています。
美しいインド様式のユニークな築地本願寺は、観光の場所としても非常に価値のある場所です。